あらゆる分野で活躍(写真)あらゆる分野で活躍

学生センターハビテ南平台を出られ、社会で活躍されている方々からコメントをいただきましたので、一部ここでご紹介いたします。

ハビテ南平台ホームページ発足にあたって

日清食品ホールディングス株式会社
代表取締役社長 CEO/安藤 宏基氏

安藤 宏基氏

ハビテ南平台の御卒業生並びに在寮生の皆様方におかれましては、ご活躍のこととお慶び申しあげます。

この度、我らが心のふるさとハビテ南平台にホームページが開設されました。御卒寮生の皆様の思い出が染み付いたこの学生寮にワン・クリックで舞い戻ることが出来るのです。比田井団おじさん、好子おばさんが「おかえりなさい」とあの頃の自分を笑顔で迎えてくれるでしょう。いつでも好きな時に懐かしい寮友たちに再会出来るこのホームページは時空を超えた同窓会です。現在は各界でご活躍の皆様ですが、このサイトの中では青春時代の幾多の武勇伝が暴露されています。若かりし日々の奇行、蛮行に赤面しつつも、心和むひとときをお過ごし頂けるものと確信しております。

また在寮生におかれましては、人材の宝庫とも言える南平台OB諸氏へのネットワークとして活用して頂けましたら幸いです。比田井様ご夫妻の機微と愛情に育まれ学生時代をすごした私たち在寮生は今なお兄弟のような連帯感を持っております。年齢差こそあれ、OBの誰もが在寮生に対し良き兄貴分でいたいと思っているはずです。このホームページが歴代寮生の架け橋となることを願ってやみません。

誠に僭越ではございますが、比田井様ご夫妻のご健康と学生センターの今後益々のご発展を祈念し、在寮生代表のご挨拶に代えさせていただきます。

第一回卒寮生/安藤 宏基

多彩な分野の学生が集まる寮。
分野を越えた交流は、大きな刺激となった。

内閣官房知的財産戦略推進部
次長
/上田 英志氏

上田 英志氏

ハビテ南平台には大学2年生から卒業までの3年間お世話になりました。代官山近くの今も変わらない閑静な住宅街の中で、美味しい朝夕の食事、冷暖房をはじめ今から見ても遜色のない館内設備を当時から整えていただき、快適な環境で学部や公務員試験の勉強に取り組むことが出来ました。ハビテ南平台が43年間に渡り、このような行き届いた環境を提供されてきたのは、オーナーであられる比田井様ご夫妻の情熱の賜物と思います。比田井様は東京での勉学の環境を心配される地方のご両親達から息子さん達をお預かりになり、「東京の親」として伸び伸びと暖かく学生を見守り、励まされ、時に社会人の先輩として親では出来ない様々な助言もされてきました。卒業生は今も比田井様を「おじさん、おばさん」と お呼びして、寮を訪ねると家族のように迎えていただいています。

ハビテ南平台の財産は比田井様を中心とした学生、400名を越す卒業生の人の輪です。この寮には多彩な分野の学生が集まっています。分野を越えた友人達と日夜語り合うことは、大きな刺激となり、社会人になってからは、益々有り難いものだと痛感します。比田井様のおかげで、卒業年次が離れていても「南平を出ました」というだけで語り合える卒業生のネットワークの広がりが、ここにはあります。

「東京での大学生活をどんな環境で過ごすのか、どんな人間関係をつくるのか」という学生やご両親の心配に、見事に応えてくれるユニークな「ハビテ南平台」を推薦いたします。

様々な期待を胸に抱いた学生生活。
そこに思いもかけない経験が加わった。

早稲田大学 先進理学部 生命医科学科 教授
/井上 貴文氏

井上 貴文氏

みなさんは様々な期待を胸に抱いて東京での大学生活を始めることでしょう。学生センターで生活することによって私はさらに思いもかけなかった経験が加わりました。実に様々な人たちと朝夕の食卓を同じく生活の場を提供することで生じる学生同士の深みのある交流は非常によい思い出です。また、学生だけのつきあいとは全く異なる趣味のよい大人のつきあい方を比田井夫妻からは教えていただけました。何の束縛があるわけでもなく、ただ同じ屋根の下で暮らすということで、学生の一人暮らしとは全然異なる豊かな生活の場が私の大学生活に加わったのです。

南平台の思い出

弁護士/豊田 耕史氏

豊田 耕史氏

私が学生センターハビテ南平台への入寮を決めたのは、主に、オーナーご夫妻のお人柄と、渋谷駅から徒歩圏内という立地の素晴らしさ、寮とはいえ個室でプライバシーも守られる、というような要素に引かれてであったと記憶している。

入って間もないある日の夕方、私は友人宅に泊まりに行くため当然部屋に鍵を掛けて外出した。翌朝帰ってきてみると、部屋の鍵が掛かっていない…というより破壊されている。呆然としていると、同じ階のH先輩がやってきて、

「夜中目覚ましが鳴っててやかましかったから、戸蹴破って止めといたったで」
「・・・ありがとうございます」

それ以降、鍵は直してもらったが、私が部屋に鍵を掛けることはなくなった。ちなみに、H先輩にはその後、お互いの学生生活の合間を縫って、頻繁に「コーヒー入ったで〜」の声で呼んでいただき、コーヒーで明け方まで語り合うという生活が、私が退寮するまで続いた。

先輩とは、お互いの郷里に戻った現在も時々お会いして話をするが、その時、心は20年の時間の流れを一瞬にして超えて、南平台の一室に戻っている。